世界の多くの氷河が縮小するなかで、カラコルムでは氷がほぼ増減しない、あるいは増えたとする観測が報告されてきました。この周囲との違いが「カラコルム異常」です。名前だけなら、温暖化と無関係に氷が増え続ける特別な山脈のように聞こえるかもしれません。
実際には、場所によっても時期によっても変化は異なり、近年は以前の特徴が弱まったことを示す研究もあります。氷河の増減は気温だけでなく、雪として加わる量と失われる量の差で決まることが、この現象を理解する出発点です。
「融ける」と「全体が減る」は同じではない
何年も残った雪が押し固められ、氷となってゆっくり流れるのが氷河です。高い場所では降雪や雪崩によって材料が加わる一方、低い場所では融解などで失われるため、一つの氷河の中に増える場所と減る場所が共存します。
一定期間に加わった量から失われた量を引くと、質量収支が求められます。下流で氷が融けていても、上流へそれ以上の雪が加われば収支はプラスで、同じ量ならほぼつり合います。「全体が減らない」は「どこも融けていない」ではありません。
氷河の一般的な模式断面で、特定の氷河の実測ではありません。矢印は移動の方向で、流速や質量の大小を表しません。雪崩、昇華、表面の岩くずなどは省略しています。
カラコルム異常の中心となる問いも、氷が融けるかどうかではありません。周辺地域で質量が失われるなか、なぜ一部の氷河が比較的つり合った状態を保てたのか、という問いです。
冬の西風が運ぶ雪と、夏の雨との違い
南アジアの水といえば、夏のモンスーンを思い浮かべるでしょう。しかし、カラコルムでは西から来る気象擾乱による冬季の降雪が重要です。近隣のヒマラヤのすべての地域と、同じ季節に同じ形で水分を受け取っているわけではありません。
同じだけ気温が上がっても、十分に寒い冬なら降水は雪のままかもしれません。一方、雪か雨かの境目に近い季節なら、わずかな昇温が降水の形を変え、氷河への雪の補給を減らす場合があります。
雪が降れば、表面も白くなります。新雪は太陽光をよく反射するため、降雪には材料を補う効果と、吸収する熱を減らして融解を抑える効果の両方があります。
2020年の総説では、地域固有の気象条件、とくに降雪や夏の融解条件の違いが重視されています。ただし、一つの風や一つの季節だけで全氷河の変化を説明できるという結論ではありません。高い山の斜面の向きや雪崩による供給も関係します。
岩くずの毛布は、厚さによって逆の働き
山から落ちた岩くずに覆われる氷河は、黒い表面ほど融けやすいのでしょうか。岩くずが厚ければ、外の熱を氷へ伝えにくくする断熱材として働くため、色だけでは決まりません。
反対に、薄く散らばった黒い粒や汚れは太陽光を吸収しやすく、十分な断熱効果がないまま融解を促すことがあります。厚い毛布になるか、熱を集める薄い覆いになるかという違いです。
ただし、岩くずは近年突然現れたものではありません。古くから覆われていた氷河が、ある時期から周囲と違う増減を示したなら、岩くずの存在だけでは時期の変化を説明しきれません。降雪や気温などの変化と組み合わせて考える必要があります。
先端が前進しても、氷の総量が増えたとは限らない
氷河の先端は、氷が流れて届く速さと、そこで失われる速さの関係で動きます。先端が前へ出たという写真だけでは、氷河全体の質量が増えたかどうかは分かりません。
短期間に流動速度が増すサージでは、上流にたまった氷が下流へ移動し、先端が前進する場合があります。そのとき上流側が薄くなっていれば、氷河全体に氷が増えた証拠にはなりません。新しい氷の追加と、内部での再配分は別の現象です。
バトゥーラ氷河の観測研究でも、先端の動きと氷河全体の収支は区別されました。目立つ一部分に頼らず、広い範囲の表面高度や厚さを測ることで、初めて全体の増減に迫れます。
近年の観測が示す、地域差の弱まり
2025年公表の研究は、タリム盆地を囲む山岳域について、2003〜2023年の衛星高度計データを統合しました。その結果、従来は厚くなる傾向が見られた地域でも増加が弱まり、周辺との対照が小さくなったことを示しています。
カラコルムと西崑崙などを一括りにすることにも注意が必要です。ある地域で増加が弱まったことと、すべての氷河が同じ年から同じ速度で減少し始めたことは同じではありません。衛星の観測期間、空間的な範囲、表面高度から質量へ換算する方法も、研究結果の比較に関わります。
それでも、「カラコルムの氷河は増える」という説明を、期限のない特徴として扱うことはできません。雪の補給と夏の融解のつり合いが変われば、以前の状態は続かなくなります。
カラコルム異常が教えるのは、温暖化に例外があるから何も分からない、ということではありません。同じ広域的な気候変化の中でも、降雪の季節、標高、表面の岩くず、氷の流れが異なれば、氷河の応答は違うということです。その条件自体も変わり続けるため、過去の例外を現在の保証にすることはできないのです。