湖の上に細長い畑が並び、その間を野菜を積んだ小舟が進む。カシミール地方の都市スリナガルにあるダル湖では、水面が農地にも交通路にもなっています。岸から見ると普通の畑に見える場所でも、足元のつくりは陸上の農地と同じではありません。
その秘密は、湖に育つ植物を利用した栽培床です。ただし、水辺の畑がすべて自由に浮かんでいるわけではありません。植物を組み合わせた浮く畑と、浅瀬に築かれた動かない畑を区別すると、この独特な土地利用がよく分かります。
深い湖では生まれにくい、水草の農地
カシミール盆地のダル湖は、一枚の水面だけで成り立つ湖ではありません。水路、浅瀬、湿地、集落が入り交じり、周囲の小河川から水や土砂を受け取る水辺が広がっています。
浅い水域では、湖底に根を張る植物や、水面近くに広がる水草が育ちやすくなります。植物の茎や根は絡み合い、枯れた部分も水中にたまっていきます。この植物の集まりが、農地をつくる材料になりました。
同じ面積の湖でも、岸からすぐ深くなる湖では、こうした材料を広く確保できるとは限りません。ダル湖の畑は、単に水が豊富だから生まれたのではなく、浅い水域に植物が育ち、それを加工できる環境に支えられているのです。
畑を支えるのは、土の下に組まれた植物の層
水面へ土をそのまま盛るだけでは、浮く畑はできません。ラード、ラドなどと表記される浮き畑では、植物を束ねて絡ませた土台に、泥や有機物を重ね、作物が根を張れる層をつくります。土の下にある植物の組織が、栽培床を支える仕掛けです。
根を水中へ垂らすだけの水耕栽培とは異なり、ここには植物性の材料や泥からなる培地があります。湖の水と接しながらも、作物の株元を水面の上に保ち、根を張る場所を確保しているのです。
支持構造の違いを示す概念図です。農地ごとの厚さ・水深・材料比率を再現したものではなく、ラードの係留方法や根の構造などは省略しています。
土台も自然の材料なので、一度つくれば永久に使えるわけではありません。植物が分解したり形が崩れたりすれば、材料を補い、畑の厚さや状態を保つ作業が必要です。湖から材料を取り、畑を手入れする技術まで含めて、この農業は成り立ってきました。
移動できるラードと、浅瀬に築くデンブ
インド国立都市問題研究所の資料が区別するのは、ラード型とデンブ型です。細長い植物の土台を引いて移動できるラード型に対し、デンブは湖岸や浅瀬につくられた固定の農地に当たります。
この違いを無視すると、ダル湖の畑がすべて筏のように漂っている姿を想像してしまうでしょう。実際の水辺には、浮く栽培床、浅瀬の畑、その間を結ぶ水路という異なる空間があります。空から緑色に見える部分も、地下や水面下の構造まで同じとは限りません。
浮くことには、水位が多少変わっても栽培床が水面に追随できる利点があります。ただし、固定方法や土台の状態によって挙動は異なりますし、大きな増水まで無条件に防げる仕組みではありません。陸上の畑とは別の方法で、水との距離を調整していると考えるのが適切です。
小舟がつなぐ、畑とスリナガルの市場
水上で収穫できても、それを運べなければ都市の農業にはなりません。ダル湖では細い水路を小舟が通り、農作業と輸送を結んできました。陸上なら畑の間に必要な道を、ここでは水面が担っています。
早朝、野菜などを積んだ舟が水上市場へ集まる光景は、観光写真でもおなじみでしょう。そこで行われるのは、湖の内外で生産された品物の取引であり、畑と舟着き場、市場、都市の消費者が近い距離で結ばれています。
トマトやナスなどの野菜栽培と、湖に生える植物の採取も、同じことではありません。たとえば水生植物の茎を食用に採る営みまで、すべて浮き畑での栽培と説明するのは不正確です。ダル湖には、農地をつくって育てる利用と、水域に育った資源を採る利用の両方があります。
湖を利用する農業と、湖を陸に変える土地利用
水草を利用する農業は、水辺の資源を生かした技術です。しかし、農地が増えるほど湖の環境も必ずよくなる、とは言えません。開けた水面が減り、水路が狭まったり、栄養分の流入が増えたりすれば、湖全体の働きが変わるためです。
2020年の研究は、1980〜2018年の流域の土地利用と水質の変化を調べました。森林の減少や市街地の拡大など、湖の外側も含む変化が水質悪化と関係していました。湖に浮かぶ畑だけを見て、汚濁の原因を一つに決めることはできません。
また、季節的に使う植物の栽培床と、湖を埋めて恒久的な土地にする行為では、水域への影響が異なります。水を利用しながら暮らすことと、水の居場所そのものを失わせること。その境界が、都市の中にあるダル湖ではとくに重要なのです。
ダル湖の水上畑は、耕す場所が必ずしも乾いた陸地でなくてよいことを示しています。それを可能にしたのは、浅い湖の植物、栽培床を維持する手仕事、舟による輸送、そして近くの都市でした。珍しい農法だけでなく、湖と街が一体になった地理として捉えると、その成り立ちがいっそう鮮明になります。
参考資料
- スリナガル地区政府:Dal Lake
- インド国立都市問題研究所:Traditional & Indigenous Practices for Climate Resilience in India(水上農地の事例)
- インド国立都市問題研究所:Harnessing the Economic Potential of a River(水上市場の事例)
- インド会計検査院:Jammu and Kashmir, Performance Reviews(ダル湖の土地利用と保全)
- Rather・Dar:Assessing the impact of land use and land cover dynamics on water quality of Dal Lake(2020年)