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秋吉台の草原の下には何があるのか 石灰岩の台地と地下に広がる洞窟

公開日

山口県の秋吉台では、草原のあちこちに白い岩が顔を出しています。その足元に、秋芳洞をはじめとする洞窟が広がっていると知れば、景色の印象も変わるでしょう。開けた草原と暗い洞窟は、同じ石灰岩の大地の表と裏です。

ただし、台地全体の下が一つの巨大な空洞になっているわけではありません。割れ目を通る水が特定の経路を広げ、地表のくぼみと地下の水路をつないできました。さらに草原そのものには、地質とは別に、人が維持してきた歴史があります。

遠い海のサンゴ礁が、山口県の台地になるまで

秋吉台の石灰岩は、現在の場所の近海でできた岩だけを想像しても説明できません。起源は、約3億年前ごろの海洋にあった海山の上のサンゴ礁などにさかのぼります。

石灰質の殻や骨格などが長く堆積し、石灰岩になりました。それを載せた海洋プレートが移動し、大陸の縁へ近づく中で、岩体は陸側へ取り込まれました。海でできた岩が陸上にあるのは、海が単に干上がったというだけの話ではないのです。

その過程では地層が強く変形し、上下が逆転した部分も知られています。草原の白い岩は、サンゴ礁の材料であると同時に、プレートに運ばれた岩体でもあります。

白い岩の割れ目から入る、弱い酸性の水

石灰岩は硬い岩ですが、二酸化炭素を含む弱い酸性の水には溶けます。雨水は地表や土壌を通る間に二酸化炭素を取り込み、岩の割れ目へしみ込んでいきます。

岩全体を均等に溶かすのではなく、水が通りやすい筋から広がります。通路が大きくなれば、さらに水を集めやすくなる。その積み重ねで、地表の溝、くぼみ、地下の洞窟などが発達した地形をカルストと呼びます。

秋吉台で地表の水が少なく見える場所があっても、雨が降っていないからとは限りません。水の通り道が、目の前の地面から地下へ移っているのです。

草原のくぼみと地下水路を結ぶドリーネ

草原に見られるすり鉢状などのくぼみは、ドリーネと呼ばれます。石灰岩の溶解や土砂の移動などによってでき、水が集まりやすい場所です。ドリーネのすべてを、巨大洞窟の天井が落ちた穴と考えるのは正確ではありません。

集まった水は、地下の割れ目や通路へ流れ込むことがあります。地表では離れて見える場所が、地下では同じ排水の仕組みに参加している場合もあります。

ドリーネと地下の水路がある、石灰岩台地の断面
地表の草原にくぼみがあり、水が下へしみ込んで地下の水路へ向かう。別の高さにも空洞があり、空洞の周囲は岩で埋まっている。

カルストの模式断面で、秋芳洞など特定の洞窟の測量図ではありません。ドリーネは溶食や崩落などによって生じ、すべてが開いた縦穴で洞窟につながるわけではありません。水路の接続を単純化しています。

一方、近くに入口がある洞窟同士でも、すべてが人の通れる穴で結ばれているとは限りません。地下水のつながりと、探検で通行できる空間のつながりは別です。地上の平面図だけでは分からない立体的な関係があります。

水路だった高さを残す、重なった洞窟

洞窟は一つの高さだけに発達するとは限りません。周囲の谷が深くなったり、排水先の高さが変わったりすると、地下水も低い経路へ移ることがあります。

秋吉台の大正洞などでは、高さの異なる洞窟の構成が知られています。上の通路に水が少なくても、もともと水と無関係な穴だったとは限りません。排水先が変わる以前に川のように働いていた通路が、現在の流れの上方に残っている場合もあるのです。

これは、洞窟が下へ向かって一度に掘り抜かれたという意味ではありません。水の行き先が変わるたびに、既存の通路が拡大したり、別の経路が発達したりしてきました。

地上に何階建てかの建物があれば、床の高さの違いはすぐ分かるでしょう。地下でも、平面の広がりだけでなく、高さを含めた断面が重要になります。同じ台地の下で空洞が近くに並んでいても、つくられた時期や水の通った高さまで同じではないからです。

地下は石灰岩の歴史、草原は人との関係

秋吉台の開放的な草原を、石灰岩だから木が全く育たない土地と考えることはできません。地域では草を利用する営みや火入れなどが長く続き、草原の維持に関わってきました。

草地を保つ管理がなくなれば、植生は今の姿にとどまるとは限りません。岩や地下水路をつくった長い地質作用の上に、人が関わることで維持される風景が載っています。

足元には海山のサンゴ礁に由来する岩、内部には水の通り道、表面には人の営みと結び付く草原。秋吉台の景色は、この三つを重ねると、白い岩の点在する台地以上の奥行きを持ちます。

参考資料

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