ロンドン中心部のテムズ川では、同じ橋の下でも時間によって水面の高さが変わります。岸辺の泥や階段が現れたり、水の下へ隠れたりするのは、主に海の潮汐の影響です。海岸から離れた都心でも、川は海と切り離されていません。
下流の勾配が小さく、河口から連続した水路が伸びているため、北海の水位変化が上流まで伝わります。ただし、潮の影響があることと、そこが海水で満たされていることは同じではありません。
ロンドンを通り越して届く潮の影響
テムズ川の潮汐区間は、海からロンドンを経て、西側のテディントン付近まで続きます。港湾局が示す感潮域の長さは約95マイル、約150キロメートル。潮の作用は都心で止まらず、その先の上流側にも及んでいるのです。
感潮域とは、潮の満ち引きで水位や流れが変化する範囲です。河口で終わる海の現象が別途ロンドンで起こるのではなく、同じ水路を通して海側の変化が伝わってくるのです。
急流ではなく、緩い勾配を持つ下流の水路
山の急流なら、短い距離で川の高さが大きく変わります。一方、テムズ川の下流では水面の勾配が緩く、海側の水位の上下が、川の水の流れ方に大きく影響します。
満ち潮で河口側の水位が上がると、河川水の排出が妨げられるだけでなく、潮流が上流方向へ進む時間帯も生まれます。引き潮には再び海へ向かいやすくなるため、岸に立つと流れの向きまで変わったように感じられるでしょう。緩い勾配の川では、上流から来る水だけで流向は決まりません。
水位変化を説明する模式断面で、実測の潮位や塩分分布ではありません。赤い矢印は海水の塊がそのまま上流へ届く距離を示さず、潮汐が届く範囲と塩水が届く範囲は異なります。勾配は強調しています。
これは北海の一塊の水が、毎回すべてロンドンを越えて往復するという意味ではありません。水位の変化が伝わることと、個々の水が移動する距離は別です。海の波が進んでも同じ水粒が遠くまで進み続けるわけではないのと、区別の仕方は共通しています。
水位が上がることと、塩分が増えることの違い
河口近くでは海水と河川水が混ざりますが、上流へ行くほど淡水の影響が強くなります。塩分の分布は、潮だけでなく、上流から流れてくる水の量にも左右されます。
淡水の流入が多ければ、塩水が入り込める範囲は押し戻されやすくなります。反対に流入が少ない時期には、海水の影響が上流側へ及びやすくなる場合があります。塩分の境界は地図上の一本の固定線ではありません。
そのため、テディントン付近まで潮の影響があるという説明から、そこまで一様な海水だとは結論できません。川の高さ、流れの向き、水の塩辛さは、それぞれ違う情報なのです。
たとえば、岸の階段が水に隠れたことからは、水位が上がったと判断できます。しかし、階段を見るだけで水に含まれる塩の量までは分からないでしょう。潮位を測る機器と塩分を測る機器が別々に必要なのは、同じ水辺でも確かめたい性質が異なるためです。
潮の時刻を一か所で代表できない理由
水位変化が上流へ伝わるには時間がかかり、川幅や深さ、摩擦もその形を変えます。河口とロンドン、さらにその上流で、満潮の時刻や干満差が同じになるとは限りません。
人工の施設も関わります。リッチモンドの水門・堰は、上流側で極端に水位が下がるのを抑える役割を持ちます。潮が作用する川であっても、全区間が自然の条件だけで同じように上下するわけではありません。
この違いがあるため、港湾局は複数地点の潮汐情報を扱っています。海から一本の川が続いていても、水深や水位の時間変化まで一つの数字で表せるものではないのです。
海を一時的に遮るテムズ・バリア
ロンドン下流のテムズ・バリアは、必要なときにゲートを閉じ、海側からの高い水位が上流へ伝わるのを抑える施設です。ふだんから川をせき止め、都心を潮のない湖にしているわけではありません。
閉鎖の判断には、潮位、気象による海面上昇、上流からの河川流量などが関わります。海側が高いときに遮断しても、上流からは水が来続けるため、海側の水位が下がれば開き、川の水を海へ出す必要があります。
テムズ川の水管理は、海か川かのどちらかだけを相手にする仕事ではありません。ロンドンの水辺は、内陸からの水と海のリズムが同じ場所へ届く、その接点にあります。