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ドロミーティの山はなぜ白い壁のようにそびえるのか 浅い海で生まれた岩石と隆起

公開日

イタリア北東部のドロミーティでは、緑の斜面の上に、白っぽい岩壁が城のようにそびえています。雪がなくても明るく見える山肌は、岩石そのものの色です。その材料の多くは、山ではなく、約2億年以上前の海でつくられました。

ただし、海底の形がそっくりそのまま高山になったわけではありません。浅い海での堆積、岩石の変化、アルプスの形成に伴う隆起、そして侵食。この長い順序をたどると、海の岩石が高い壁になった理由が分かります。

熱帯の浅い海で育った、炭酸塩の台地

三畳紀、この地域には浅い海がありました。生物の活動などで生じた炭酸塩の堆積物が積もり、周囲の深い海盆より高い、広い台地状の地形をつくりました。これを炭酸塩プラットフォームと呼びます。

浅い場所では、生物の活動などによって堆積物が供給され、台地は上や横へ成長しました。海面が上がる局面でも、それに見合う堆積が続けば浅い高まりを維持できます。海底へ一様な厚さの泥が降り積もるだけではない、成長する地形だったのです。

「昔のサンゴ礁」とだけ言うと分かりやすくはありますが、つくり手はサンゴだけではありません。時期によって生物群集や堆積環境が違い、炭酸塩の山体には多様な成り立ちが含まれています。

ドロマイトという鉱物から付いた山の名前

ドロミーティの名と関係するのが、カルシウムとマグネシウムを含む炭酸塩鉱物、ドロマイトです。和名は苦灰石で、この鉱物を多く含む岩を苦灰岩と呼びます。主に方解石からなる一般的な石灰岩とは、組成が同じではありません。

18世紀末、ドロミューが採取した岩石は、酸への反応が普通の石灰岩と違うことから注目されました。分析を経て鉱物名に彼の名が付けられ、やがて山地の呼び名にもなります。

もっとも、ドロミーティのすべての岩が苦灰岩というわけではありません。石灰岩、火山性の岩石、泥質の地層なども存在します。名前を覚えることと、地域全体を一種類の石で説明することは別なのです。

海の台地を山へ変えた、アルプスの形成

浅い海の堆積物は、その後の地殻変動で圧縮され、持ち上げられました。現在の山頂が高いのは、海の生物がそこまで積み上げたからではありません。海で岩石ができた時代と、山地が形づくられた時代には隔たりがあります。

地層が曲がったり断層で切られたりする一方、場所によっては古いプラットフォームと周辺の海盆との関係がよく残りました。そのため、この地域は過去の海の構造を研究するうえでも重要です。

遠くの海で形成された岩石が運ばれて載った、というだけの話でもありません。ここにあった海の堆積環境が、後の造山運動と侵食によって、山の露頭として現れているのです。

海で育った炭酸塩の岩体が、高山の岩壁になるまで
上段は浅い炭酸塩の台地と深い海盆、下段は隆起後に侵食されて急な岩壁や尖峰が残る概念図。

異なる時代を示す模式図で、特定の山の復元断面ではありません。現在の尖峰が古い礁の形をそのまま保存している、または全部がサンゴでできているという意味ではありません。

硬い岩の壁と、緩やかな斜面の組み合わせ

ドロミーティの特徴的な輪郭には、岩石ごとの削られ方の違いが関係しています。厚くまとまった炭酸塩岩は急な壁を保ちやすく、比較的侵食されやすい地層の場所には、緩い斜面やくぼみができやすくなります。

硬い岩も永遠に崩れないわけではありません。割れ目へ入った水が凍結と融解を繰り返すなどして岩片が離れ、崖の下にたまります。谷を流れた氷河も、山体を削り、岩の配置を際立たせました。

つまり、現在の白い塔や尖峰は、古い海の台地に後から刻まれた形です。昔の礁の縁がそのまま一切変わらず立っている、と考えるのは正確ではありません。

山肌から復元する、見えなくなった海の深さ

厚い岩の塊だけでなく、その側面の傾いた層や、周囲の細かい堆積物も重要な証拠です。浅い高まりの上でできたもの、斜面を落ちたもの、深い海盆で積もったものでは、粒や化石、層のつき方が違います。

こうした違いを追うことで、海が失われた後でも、どこが浅く、どこが深かったかを検討できます。ドロミーティの価値は「山なのに海の化石がある」という驚きにとどまりません。巨大な岩壁の配置そのものが、古い海の立体的な構造を残しているのです。

参考資料

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