シカゴ川は、かつてミシガン湖へ流れ込む川でした。ところが1900年、大規模な運河の開通によって、水を湖から離れる方向へ送る仕組みが実現します。川の流れを逆転させた目的は、珍しい景観をつくることではなく、都市の飲み水を得る湖から汚れた水を遠ざけることでした。
水を逆向きにしたと聞くと、巨大なポンプで川全体を上り坂へ押し戻した姿を想像しがちです。しかし中心となったのは、別の水系へ通じる低い出口をつくり、水位差を利用して流れる経路を変える工事でした。
飲み水の湖へ、都市の排水も届くという矛盾
都市が急速に成長するなか、初期の下水道はシカゴ川などへ排水を流していました。川がミシガン湖へ注げば、都市の水源である湖へも汚れた水が近づきます。人口の増加と排水の増加が、同じ水辺で重なっていたのです。
当時の課題は、湖から水を取る場所だけを変えれば終わるものではありませんでした。大雨による流出やあふれも含め、都市の水をどこへ送るかを変える必要があると考えられました。その対策が、衛生地区の設立と大規模な運河建設につながります。
五大湖とミシシッピ水系の間にあった、低い分水界
自然の状態では、ミシガン湖へ向かう水と、デスプレーンズ川を経てミシシッピ川側へ向かう水は、分水界によって分かれています。シカゴ付近では、その境界が険しい山脈ではなく、比較的低い土地にありました。
そのため、大規模な掘削によって境界を越える水路を設ける余地がありました。分水界とは必ず高山の尾根である、という思い込みを外すと、二つの大水系が人工の運河でつながった理由が見えてきます。
川の支流や施設の正確な位置を省いた図です。運河の水位は施設で管理され、地域の全河川が同時に逆転したことを示すものではありません。
1900年の運河開通で変わった、水の出口
シカゴ衛生船舶運河は、シカゴ川側からデスプレーンズ川へ水を送る経路を開きました。その先はイリノイ川、ミシシッピ川へとつながります。湖へ出ていた水を内陸側へ逃がすことで、流れの向きを変えたのです。
ただし、運河を掘ったら以後は放置できる、という仕組みではありません。水位や放流量を調整する施設が、水路網の流れを管理します。また、北側や南側の関連運河は別の年に整備されており、地域の全河川が1900年の一日で一斉に逆転したわけではありません。
薄めて遠ざける方法から、処理して戻す方法へ
初期の対策には、湖の水を導入して排水を薄め、下流へ流す考え方が含まれていました。しかし、汚れを下流へ移すことは、汚れそのものを取り除くこととは違います。下流への影響は、計画段階から問題となりました。
その後、下水を集めて処理する施設や、水質を改善する仕組みが整備されていきます。現代の水管理を、19世紀末の「流れを逆転させれば解決」という発想のまま捉えることはできません。川の向きの変更と、排水処理の発達は、区別しながら理解する必要があります。
都市の都合でつながった、別々の流域
運河は、水を送り出すだけでなく、船の交通にも使われました。五大湖側とミシシッピ川側を結ぶ経路は、地域の輸送にとっても重要な意味を持ちます。衛生上の目的と、航行の目的が重なった工事でした。
シカゴ川の逆転は、重力に逆らって水を流し続ける奇術ではありません。水が向かう先を、地形と施設によって組み替えたものです。自然の分水界が都市の境界と一致するとは限らず、人が水系を接続すれば、影響も都市の外へ及びます。