乾燥したパキスタンの平野を、インダス川が南へ流れています。周囲には雨の少ない土地があるのに、なぜ大きな川が途切れずに続くのでしょうか。川の水量は、その地点に降る雨だけでは決まらないからです。
インダス川と支流が水を集めるのは、ヒマラヤ、カラコルム、ヒンドゥークシュなどの山岳地域。雨に加え、雪や氷が解けた水が低地へ届き、人が築いた水路によって農地へ配られます。乾いた平野と高い山は、同じ水系の異なる部分なのです。
川沿いの天気より広い、流域という範囲
川へ水が集まる土地の範囲を流域と呼びます。インダス川の流域は複数の国にまたがり、高い山地から平野、河口まで、気候も標高も大きく異なります。下流の乾燥した街の降水量だけでは、川へ入る水の総量は分かりません。
上流の山岳には、冬から春にかけての西から来る気象擾乱による雪や雨、夏のモンスーンの影響などがあります。地域や斜面の向きで、その組み合わせは変わります。山を一つの均一な雪の塊として考えることはできません。
川はこうした異なる場所の水を合流させます。雨の多い時期や雪の解ける時期が地域によって違うため、流量も複数の水源の季節変化を重ねたものになります。
季節の雪と氷河で異なる、水を蓄える時間
山に降った雪は、低温の間、すぐには川へ流れません。春から夏に解け始めると、降った時期から遅れて水が供給されます。雪は、降水を一時的に保管し、流出の時期をずらす役割を持っています。
氷河は、長年の雪が圧縮されて氷となった部分を含み、季節的な積雪より長い時間の蓄えです。暖かい時期に表面などが融解すると水が出ますが、氷河の上に積もった新しい雪が解けた水と、古い氷そのものが解けた水は区別されます。
インダス流域では、雪と氷の融解が重要な水源です。ただし、流域のどこでも一定の割合を占めるわけではありません。支流、季節、標高帯によって、雨・雪・氷河の寄与は異なり、一つの支流の測定値をそのまま川全体へ当てはめることはできません。
水循環の一部を示した模式図です。雪と氷河の寄与、季節ごとの流量、地下水との出入りは地域で異なり、浸透する水をすべて再利用できるわけではありません。
山から来た水が、広い灌漑地帯を支える
川のそばに水があっても、離れた農地へ自然に均等に届くわけではありません。インダス流域では、堰や水路などが水を取り入れ、主水路から枝分かれした水路へ配る大きな灌漑網が整備されてきました。
貯水施設は、流量が多い時期の水を蓄え、別の時期に使う働きも担います。山の雪が自然に行う時間調整に、人の施設による調整が重なっているわけです。
ただし、水路の入口と末端では、水の届き方が同じとは限りません。取水の順番、設備の状態、水の需要によって、必要な時期に得られる量は変わります。川の年間流量が多いという数字だけで、すべての農家の水が足りるとはいえません。
水路からしみ込んだ水が、地下水になる
灌漑水の一部は、水路や畑から地下へしみ込みます。これを単に地表から消えた損失と呼ぶだけでは、インダス平野の水の使われ方を十分に説明できません。その水が地下水を補い、井戸から再び利用される場合があるからです。
世界銀行の調査は、灌漑水路からの浸透がインダス流域の地下水涵養に大きく寄与していることを示しています。地表の水と地下水は独立した二つの貯金箱ではなく、互いに行き来する水です。
水路を改修して浸透を減らすことも、流域全体では単純な「節水」で終わりません。地下水への補給が変わるためです。逆に地下水位が高すぎても、根が水につかったり塩類が集積したりする問題があり、水の量とともに、その場所と深さを調整する必要があります。
流れ続ける川でも、海まで同じ量は届かない
川の水は、流れ下る間に支流から増える一方、灌漑や都市への取水、蒸発などで減ります。田畑から地下や河川へ戻る水もありますが、植物の蒸散などを通じて大気へ移る分は、そのまま下流へは届きません。
そのため、上流に豊富な水があることと、河口まで十分な淡水が流れることは同じではありません。インダスのデルタでは、淡水と土砂の供給が、海水の入り込みや沿岸の生態系にもかかわっています。
乾燥地の大河は、周囲へ水を配るほど下流への流れが変わるという特徴を持ちます。川が存在する理由と、その水をどう配分できるかは、別の問いとして考える必要があります。
氷が多く解けることと、水が増え続けること
気温の上昇で氷の融解が進むと、一時的に川へ出る水は増える場合があります。しかし、蓄えを取り崩した増加なら、それを長期的な水の豊かさとは呼べません。氷の総量が減れば、その後に供給できる水の条件も変わるからです。
また、同じ量の降水でも、雪ではなく雨として降れば、すぐに流れる割合が増えます。春に雪が早く解ければ、農作物が多くの水を必要とする時期とのずれが大きくなることもあります。問題は年間の総量だけではありません。
インダス川は、乾燥地の中で水を生み出しているのではなく、山が受け取った水を運んでいます。雪や氷による時間差、川と地下水のつながり、人の配水網まで含めると、乾いた平野に広がる農地が、遠くの高山とどれほど密接に結ばれているかが分かります。