世界の海はつながっているのに、なぜ大量の船がマラッカ海峡という細い場所を通るのでしょうか。広い海へ回ればよさそうですが、船にとって大切なのは海の広さだけでなく、出発地と目的地の間をどれだけ短く結べるかです。
マレー半島とスマトラ島の間にあるマラッカ海峡は、インド洋側と東アジア側を結ぶ近道。その一方で、浅い海底や狭い航路が、大型船の移動に制約を与えています。交通の要所になる理由と、通りにくさの理由が、同じ地形の中にあるのです。
マレー半島とスマトラ島の間を通る近道
インド洋から南シナ海方面へ向かう船は、マラッカ海峡を南東へ進み、シンガポール海峡を経て東へ抜けられます。スマトラ島の南側へ大きく回り込む経路と比べ、多くの航海で距離を節約できる配置です。
ただし、マラッカ海峡とシンガポール海峡は同じ名前の水域ではありません。連続した航路として一緒に説明されることが多いため、シンガポール海峡にある狭い箇所の幅や水深が、マラッカ海峡全体の数字のように紹介されがちです。地図上の位置を区別すると、船がどこで制約を受けるのかも明確になります。
北を上にした位置関係の概念図です。海岸線・距離・航路の幅は正確な縮尺ではなく、航海用の海図としては使用できません。
浅い海底に残る、陸地だった時代
この周辺には、スンダ陸棚と呼ばれる浅い海底が広がっています。陸棚とは大陸の縁に続く比較的浅い部分で、海面から何千メートルも下がった大洋の底とは別の地形です。
氷期には大量の水が陸上の氷として蓄えられ、海面が現在より低くなりました。するとスンダ陸棚の広い範囲が陸地として現れ、現在のマレー半島、スマトラ島、ジャワ島などがつながる時期もあったのです。
その後、氷が解けて海面が上がると、低い場所へ海水が入りました。今の島々の間にある海を、最初から存在した深い裂け目だと考える必要はありません。海面の高さが変わるだけでも、陸のつながりは海の通り道へ変化します。
地図では海が一色に塗られますが、大洋の深い海盆と、水没した大陸の縁とでは、海底までの距離が大きく違います。マラッカ海峡の航路を制約している浅さは、たまたま砂がたまったというだけでなく、この広域の地形にも由来します。
海峡の幅と、実際に船が使える幅の違い
海岸から対岸まで水面が続いていても、大型船がその全幅を使えるとは限りません。岸寄りの浅瀬、海底の起伏、島、他船の流れなどを避け、必要な水深を確保できる範囲を通るためです。
船が水面下に沈んでいる深さを「喫水」といいます。深く沈む船ほど海底との余裕が少なくなるため、地図上では広い海でも、利用できる航路は限られる場合があります。海峡の見た目の広さだけでは、通航できる船の大きさは判断できません。
同じ船でも、荷物を多く積むほど船体は深く沈むため、いつでも同じ海を通れるとは限りません。遠回りに見える経路でも、十分な水深があれば積載量との兼ね合いで候補になります。最短距離と、船にとって最適な経路は、別の問題なのです。
さらに潮の満ち引きや流れは一定ではなく、浅い場所では海底との間隔にも影響します。海図には水深だけでなく、航路や標識、通航の方式が記されており、平面の地図に「深さ」と「交通の流れ」を加える役割があります。
狭い場所で衝突を防ぐ交通の仕組み
船が集中する海峡では、向かい合う船の流れを分ける分離通航方式が使われています。道路の車線に似た発想ですが、船はその場で止まれず、潮流や風にも動かされるため、陸上交通と同じ感覚では扱えません。
シンガポール海事港湾庁は、マラッカ・シンガポール両海峡の通航方式や航行支援施設をまとめています。重要な航路だから自然に通りやすいのではなく、地形の制約に合わせた管理によって、大量の船の往来が支えられているのです。
地形の近道を貿易の要所に変える港と市場
狭い海峡は世界中にありますが、すべてが主要航路になるわけではありません。航路の先にどのような生産地や消費地があるか、途中で燃料補給や積み替えができるかも重要です。
マラッカ海峡では、インド洋と東アジアを結ぶ地形に、港や交易の蓄積が重なりました。浅く狭い海は航海の負担であると同時に、長い迂回を避けられる場所でもあります。船の集中は、その二つを比較した結果といえるでしょう。