死海の湖岸は、外洋の海面より数百メートルも低い場所にあります。それでも海水が流れ込んで埋まらないのは、外洋との間を陸地が隔てているからです。低いというだけでは、海とつながることにはなりません。
では、なぜそれほど低い場所ができたのでしょうか。死海を理解するには、地殻の運動がつくったくぼみと、その中の湖水が増減する仕組みを分ける必要があります。土地を低くした主役と、現在の水位を動かす主役は、同じではないのです。
横にずれる断層の途中にできた盆地
死海は、アラビア側とシナイ側が相対的に横ずれする大きな断層系に沿っています。この断層は一本の直線ではなく、途中で曲がったり、ずれた位置に分かれたりしています。
横ずれの途中で地面を引き離す向きに力が働くと、その間の地盤が沈み、細長い盆地ができます。このようにしてできる「プルアパート盆地」の代表例が、死海のくぼみです。
「地溝帯」と聞くと、左右の大陸が真っすぐ離れて中央が落ちる図を思い浮かべるかもしれません。しかし死海では、大きな横ずれ運動の途中に伸びる部分が生じるという仕組みが重要です。単純に東西へ引っ張っただけの谷ではありません。
海抜の低さと、湖の水深の違い
海抜は、外洋の平均的な海面を基準にした高さです。水深は、その湖の水面から湖底までの距離。死海では水面自体が海抜ゼロより低く、その下にさらに湖底があります。
しかも地質学的な盆地の底は、湖底の堆積物のさらに下にあります。地形の高さ、湖の深さ、地層の厚さを混ぜると、何がどれだけ低いのかが分からなくなります。
高さの基準を説明する模式断面で、実際の標高・水深の比ではありません。破線の高さに海水が存在するという意味ではなく、断層形成の復元図でもありません。
水面の標高は固定値でもありません。湖水が減れば、海抜ゼロから水面までの差は大きくなります。しかしそれは、同じ期間に地殻全体が同じ量だけ沈んだという意味ではありません。
仮に湖底の高さを固定したまま水を減らすと、水面の海抜は低くなる一方、水深は浅くなります。したがって「水面がより低くなった」を「湖がより深くなった」と言い換えることはできません。深い・低いという言葉の基準によって、説明する変化が逆にもなる例です。
出口のない湖に塩が蓄積する理由
死海へはヨルダン川などから水が入りますが、外へ流れ出す川はありません。乾いた気候の下で水が蒸発すると、溶けた成分の多くは湖に残り、濃縮されていきます。
塩分が高いのは、海抜が低いこと自体が塩をつくるからではありません。くぼみに水が集まり、出口を持たず、蒸発で水を失うという水収支に理由があります。
塩分が増えると水の密度も高くなり、同じ体積の水がより重くなります。物体が押しのけた水の重さに応じて浮力を受けるため、淡水より浮きやすいという死海の特徴にもつながります。
同じ物体を支えるのに必要な浮力は変わらないため、水の密度が高ければ、押しのける水の体積は小さくて済み、物体の沈む部分も少なくなります。塩そのものが上へ押しているのではなく、水の密度の違いが浮き方に現れた結果です。
近年の水位低下を動かす水の利用と蒸発
湖へ来るはずの水を上流で使えば、流入は減ります。湖の水を使う産業や蒸発の変化も水収支に関係し、入る水より失う水が多い状態が続くと、水面は下がっていきます。
死海の地形ができたのは長い地質学的な時間の出来事ですが、近年の水位低下は人間の水利用や気候条件が関わる変化です。この二つを「死海が沈んでいる」という一言にまとめると、原因を取り違えてしまいます。
湖岸の陥没穴は、盆地形成とは別の現象
水際が後退した周辺では、地面に陥没穴が生じることがあります。地下の塩の層に塩分の低い水が入り、塩を溶かして空洞をつくると、その上の地面が支えを失うためです。
これは死海の大きな盆地を形成した断層運動とは、規模も主な仕組みも異なります。同じ「地面が下がる」現象に見えても、地下の岩盤がずれる場合と、塩が溶けて穴ができる場合があるのです。
死海の低さは地殻の歴史を、塩分と水際は流域の水循環を、陥没穴は地下水と塩の関係を示しています。一つの湖の風景に、異なる時間と深さの現象が重なっています。